
71回目の「原爆の日」を迎えた6日午前8時から、サンパウロ(聖)市シャカラ・イングレーザ区の西本願寺で、ブラジル被爆者平和協会(森田隆会長)主催の原爆犠牲者追悼法要が執り行われた。出席者19人が仏前で焼香を行い、一人一人が犠牲となった多くの人に思いを馳せ、核のない平和な世界を祈った。
広島出身の土井慶造導師の法話後、被爆者を代表して森田会長があいさつし、「あの8月6日の原爆の日、私は21歳で軍人でした。あの広島の中心地にいました。そして、71年経った今でも元気でいられることを心から喜んでいます。でも、絶対にあの惨禍は忘れることができません。皆さんどうか身体にお気をつけて、来年も再来年もまたここでお会いして、このささやかな法要ができることを心から願っております」と参加者に思いを伝えた。
長崎県で被爆した岩崎清孝さん(82、長崎)は「こうして一年に1回、みんなで集まると色んなことを思い出します」と話した。
盆子原国彦副会長は「だんだん参加者が少なくなってきているのは確かだが、集まってくれて良かった。今日は母と姉の命日だから、みんなに祈ってもらえて嬉しい」と思いを語った。
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長崎県人会(川添博会長)とブラジル被爆者平和協会(森田隆会長)共催による原爆慰霊追悼ミサが、7日午前8時から聖市セントロ区のサンゴンサーロ教会で行われた。
ミサには約70人が出席。ハレルヤ唱などを歌い、犠牲者に思いを馳せ祈りを捧げた。あいさつに立った川添会長は「今の平和は、先の大戦や原爆で亡くなられた人々の尊い犠牲の上に成り立っており、それを伝えていく義務が私たちにはある。一人一人の力は小さいが、一人一人の力を大きな意志として世界平和のために力を結集させていきましょう」と述べ、平和への思いを新たにした。
久しぶりにミサに出席したという長崎県出身の84歳の女性は「原爆で親戚2家族11人が亡くなり、あの時は本当に大変だった。あんな惨めな思いは二度としたくない」と原爆の悲惨さを語った。
今年のミサには同県人会の青年部が初参加。ミサの参加者は年々減っており、「若い人に来てもらいたい」という川添会長の意向を受け、同部員らが集まった。参加した部員の牧山直人さん(32、3世)は「母が長崎出身。それが理由で原爆に対する特別な感情があるというわけではなく、どこに投下されても原爆は良くないこと。戦争や原爆のひどさを知っている人たちが生きているうちに、自分たちも協力してもっと伝えていかなければならない」と話した。
サンパウロ新聞 2016年8月10日付
